飛騨高山の箸や女将のブログ 「食卓から幸せを」

笑顔の家庭を増やしたい!そんな思いを込めて。 箸だけにとどまらず豊かな暮らしが出来るようなお手伝いを。    

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「箸や 慶七郎」は飛騨高山にある三代続く箸屋のオンラインショップです。
   
    かたちある「心」で、満たされる「心」
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ハートやふくろうの形をした箸。伝統の技を活かした飛騨春慶箸。
使いやすさを追求したぐいのみ。
三代目の作り出す、「心」のこもったものたち。
「心」あるものを使うと、あなたの「心」も満たされる。

このブログでは三代目の思いや日々の仕事、家族の話もおまけに。。

「心」をかたちに
「箸や 慶七郎」 店長 ひがし めぐみです。
 
先日の 「神話の時代でも箸は使われていた?」 の記事にあった

 川の上流から「箸」が流れてくるのを見つけた須佐之男命。
それで上流に人が暮らしていると気づいたというところ。

なぜ「箸」が流れてきたのでしょう?


川で洗い物をしていて、間違えて流してしまったんでしょうか??

いえいえ。
そんなおっちょこちょいな理由(笑)ではない、もっと深い理由があったんです。




もともとは祭事や神饌用(お供え用)として使われ始めた箸。

以前ご紹介した「箸 著:向井 由紀子/橋本 慶子」によると 

神事では神にささげる神饌(ミケとも呼ばれる)には、手を使わないという信条があり

神事のたびに折敷(角盆のこと)や箸、器が作られ、終わるとそれらはけがれたとしてすべて土に戻された。

その文化の精神が底流となっており、客人をもてなすときは

一度用いたらすぐ壊し2度と用いないことが客に対する最高の礼とされたそうです。


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茶人 千利休も「一期一会」の気持ちを込め
客人を迎える前には、吉野杉の赤身を用いて、1本1本削りだしたとされています。



昭和のはじめ頃までは、山仕事の人たちは木の枝を折って箸とし、
使用後は折って、人目にふれない、やぶの影や土の中に埋めるという習慣もあったそうです。

これも自分の使った箸を、誰かもわからない、心の知れぬ人が使うことを恐れてのこと。



なぜ単なる道具にここまでする意味があったのでしょう??



箸は日本文化の象徴とも言われる理由でもあると思うのですが、

気候風土、宗教などの環境のなかで
生まれ、育まれ、受け継がれてきた価値あるものを「文化」といいます。


木が身近にたくさんあった時代に生まれ、
木の枝からは箸が幹からはお椀が作られていました。

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やおろずの神といわれるほど神様が身近にいた昔。


もちろん木にも神さまが宿ると考えられていたのでしょう。


また、箸は「命の糧である食べ物を運ぶ」とも言えます。
もちろん食べ物も自然の恵み=神様の恵みです。


神事に使われていたということ。
神様が身近にいるという日本独自の思想。
木の文化。


そんな日本だからこそ、箸は単なる道具だけではない

神様と自分をつなぐもの

というなくてはならない存在になったんですね。



「割り箸」が生まれ定着していったのもこの考えがあったからこそ。


次回はそんな話をします♪





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